【超大作|超解説】そもそも”金融/株式”の歴史「株式会社」とは? /つまるところ何か。
⚫︎「株式会社」ってよく聞くけど。なんで生まれたん。
・結論|
「大きな資金が必要になった」→「資金を集める手段 "株式"」
・背景|
世は、大航海時代1400年〜。イタリア人 コロンブスの時代。
1492年に「スペイン王」の援助を受け、アメリカ大陸(新大陸)を発見これが、
植民地 帝国主義の走りとなる。
※日本人お馴染み 熊本出身 尾田栄一郎先生の「ONE PIECE(ワンピース)」
あの時代は1400年〜を指す。
海賊トラファルガーローは実在の海賊「エドワード・ロウ」
ゴール・D・ロジャーのモデルは18世紀初頭にインド洋で活動した
フランス人海賊「オリビエ・ルヴァスール」素早い奇襲する猛禽類を指す 通称ラ・ブーズだ。
そんななか、航海はいい。出先の国々で、
珍しい品が、欧州へ持ち帰ると高く売れる。
金の鉱脈のゴールドラッシュだ。
しかし。
バンバン船は、「拿捕 "だほ"(出先の国々で被害を受ける)」そして「沈没」をする。
※現在でも造船で船1隻の値段は約200億が相場と、莫大な金額がかかる。
(ボーイングの航空機1機も同様200億程度)
つまり、
リワード=香辛料など、高く売れる物資が手に入る。
リスク=全員無事帰還ができない。/そして、造船や航海に「時間/人員/資金」が必要
となる。
行けば、儲かるのに。「資金がかかりすぎる」。
だから、「”株式(stock)”というのをを発行して、資金を見繕おう」となったのだ。
当時は、それを、コロンブスのように、
昔も今も変わらず お金持ちへ依頼にいく。
お金持ち王族へ依頼をした。コロンブスはスペイン王族へ。依頼。
そして無事戻ればその王族へ「分配配当=リワード」をとした。
これは、現在もある「配当金(配当金利回り相場 約2%)」となる。
※2%〜2.3%程度(スタンダード市場は2%超、グロース市場は1%未満)で推移。
一般的に「4%以上が高配当」の基準。
ホンダやSUBARUなどの大手自動車、商社、金融株が該当する。
※「4%ルール」大事な観点です。
詐欺スキームで今なお多いのが、「ポンジスキーム」だ。現在でも使用される、王道の手口。
ぜひ頭に入れておこう。
つまり、4%超えの時点で。利回りの王道
10年米国債/日本株式市場約4000銘柄の相場より、高すぎてしまう。
※※伝説の詐欺師「チャールズポンジ」1882年イタリア生まれ。
アメリカで活動した詐欺師チャールズ・ポンジ(カルロ・ポンジ)の名前から由来。
手口|1919年〜1920年
国際郵便の返信切手を利用した国際為替の価格差で
「45日で50%」「90日で100%」の利益が出ると謳い、
約1年間で約1万〜4万人から数百万ドルを騙し取った。
実態|実際の運用はされておらず。
新規の出資者から集めた金が既存の出資者への配当に回されていた。(出資側は、利回りの金額が入金された。ちゃんと継続して。)現在でも、使用される、王道の手口。
・株式の株ってそもそも?
会社が投資家へ発行した出資証明書(資金の「蓄え」=stock)が現代の株式の起源
「株」この言葉が日本に普及したのはまさに1600年〜「江戸時代」です。
そもそも「株」の由来は「株仲間」から。
江戸時代、商工業者が幕府から営業の特権を得た組合(株仲間)が由来です。
この組合に入る「権利」や「場所」が「切り株」のようにその場に残り、継承されることから「株」と言われ。以下複合的に意味を持つ。
「切り株」・「幹」| 本来は木の「切り株」や「幹」を意味し、それが成長する様子から、後に資金の「蓄え」や「資本」を指すようになりました。
「分配」・「資本の一部」| 切り株から枝が分かれるように、事業の資本を細分化して保有する権利(株式)を指すようになったと言われています。
・「株」の仕組みは、江戸時代のルーツが多い。
日本の「大坂堂島の米相場」「米が相場の主役」であり。
よくみる、株のチャート(「4本値」)。これは
米所 山形県の酒田市にいた
”伝説の相場師/相場の神様 本間宗久(ホンマソウキュウ)”が大発明。
この令和の2026年現在も”全世界”で使用されている。
4つの値段の流れを示す優れもの
山形県酒田市の銘酒「上喜元(じょうきげん)」は、酒田酒造が醸す、
全国的にも非常に評価の高い人気日本酒
※相場の神様|本間宗久(1724~1803) の格言をご紹介。
【人の行く 裏に道あり 花の山】
ーー「もうはまだなり、まだはもうなり」と並び1,2を争う有名格言。
注意。
なんでもかんでも「逆張り」(奇を衒うことをせよ。)では一切ない。
本間さんは、一度江戸で資金ショートしている。
そのあと、当時の主役である大坂堂島で
成果をあげた。
つまるところ、何事も「需給」を考えなさい。
本当に買い手がいるか?売れるのか。そのタイミングは?を捉え、
粛々と行動を積み重ねなさいである。
※※本間家に宗久は山形酒田の富豪「新潟屋」、初代・本間光本の三男として生まれる。
宗久の親族である「3代目の本間光丘」地元・酒田の人々にとって、感謝が深い。
なぜなら。
山形は日本海から吹く風が強い。(今も多くの風力発電の風車が建っている。)
海風が砂を運んできて、稲作に甚大な被害を与えていた。
そこで本間光丘は私財を投じて「防砂林を造る=地元の悲願=買い手がいる=需要がある。」
以後も本間家は代々、植林を続けていく。
庄内平野が国内有数の穀倉地帯にいまでも美味しい米所となっている。
【思い入れ違いは早仕舞い、行き付きを見るべし。】
――ナンピン買いは悪手、相場に逆らっちゃいけません。
【 腹立ち売り、腹立ち買い、決してすべからず】
――人生ででこれをやったら確実に負けます。感情(怒りや悔しさ)に任せた取引は、冷静な判断を欠くため大損につながる。大いに慎むべきである。
⚫︎「株式会社」ってそもそも
・聞き馴染みある人も多い。”世界初 株式会社”は?
オランダの「東インド会社」1602年創業!
なんで「東」つくの。
ヨーロッパからみると、インドアジア日本方面は、「東方/極東」
(東方見聞録_伊マルコポーロ_鎌倉時代 1299年ごろ|中国「元(モンゴル帝国 フビライハン)」日本鎌倉時代=日本=ジパングの東方も”東”)
当時は「東インド=インド/アジア方面」
「西インド」もあって。それは「西インド=アメリカ方面」を意味する
・「VOC」が東インド会社のロゴ
本社は、オランダのアムステルダムで、主にインドネシアでの香辛料貿易がメイン
ロゴが以下。
「VOC」ってなんやねん。
Verenigde Oostindische Compagnie
(フェレーニヒデ・オーストインディッシェ・コンパニェ)
V(Vereenigde:連合
C(Compagnie:会社)
(世界史で聞いたことあるかも)同国と「八十年戦争」を行っていたオランダ。
スペインによる貿易制限、船舶拿捕など、経済的に大打撃を受けていた。
1571年のレパントの海戦でオスマン帝国に勝利など
スペイン海軍が世界最強と言われる。
のち1588年の海戦でイギリスに敗れた後、
その呼称は皮肉や揶揄の意味を込めて使われるようになっていました。
「スペイン衰退とイギリスの台頭」を示す象徴的な出来事であり、
スペインの制海権が失われるきっかけに。
1580年にスペインに併合。
ポルトガルのリスボンなどを通じた香辛料入手も困難になっていた。
こうした中、オランダは独自でアジア航路を開拓し、スペイン(と併合されていたポルトガル)に対抗する必要があった。
オランダは航海を通じてインドネシアジャワ島のバンテンとの往復に成功を収めると、
いくつかの会社が東南アジアとの取引を本格化そして1602年に国策会社として
・実は。現在も「東インド会社」もいる。
オランダの東インド会社|
1799年に債務超過と腐敗により解散。その資産と植民地はオランダ国家に引き継がれました。現在、会社自体は存在しません。
これは、
オランダ本国は、オランダ東インド会社が17世紀の成功によって黄金時代を迎えていた一方で、衰微の兆しが訪れていて、
「17世紀半ばの3次にわたる英蘭戦争」や絶対王政フランス王国との戦争で国力を消耗。
1689年にヴィレム3世がイギリス王に迎えられた後は、
イギリス東インド会社に植民地帝国の座を譲り渡した。
以後イギリスが大英帝国として、海上覇権を確立する事に。
イギリスの東インド会社|
(世界史でよく聞く!)1857年の「セポイの乱」がきっかけで解散します。
このインド大反乱を機に限界を迎え、
1858年のインド統治法(インド法)により実質的に解散しました。
これにより、それまでの会社によるインド統治は終わり、
イギリス政府の直接支配(帝国)へと移行しました。
最終的な法人の消滅は1874年です。
「英国東インド会社」は1800年代の19世紀に解散しましたが、
2005年にインド人実業家サンジーブ・メータ氏が「商標権を買収」し、
現在はロンドンを拠点に紅茶や高級食料品を扱う民間企業として実在しています。
2023年には日本法人も設立され、オンラインや実店舗で商品を販売しています。
・日本は当時「戦国時代」→「江戸時代(鎖国)」へ。
でも、長崎の平戸の出島(聞き馴染みあるよね)に「オランダ館」があって、
まさに東インド会社と関係している。
・「株式会社 東インド会社」は「一言で言うすね」
「海運 貿易会社」です。インドの「香辛料」を交易する。莫大な利益が見込めました。
実は。
商業活動のみでなく、条約の締結権・軍隊の交戦権・植民地経営権など南アフリカ喜望峰以東における諸種の特権を与えられた勅許会社で、
帝国主義の先駆けとなってアジアでの交易や植民に従事し、一大海上帝国を築いた。
・「東インド会社」自体はイギリスが最初
他にもフランスなど欧州に数多く存在。それくらい金の鉱脈 ゴールドラッシュとして、”船” ”海運” ”交易”がチャンスだった。
イギリスも「東インド会社」は「航海ごとに」資本を集め利益を清算していたのに
”対して”
「オランダ東インド会社」は「最初から株式を発行して多額の資本を集めていた」ことから、「世界最初の株式会社」と呼ばれる
中野常男は、株式会社を特徴づける指標として、(1)全社員の有限責任制、(2)会社機関の存在、(3)譲渡自由な等額株式制、(4)確定資本金制と永続性(継続性)の4点を挙げ、オランダ東インド会社は「これら四つの指標が示す会社形態上の特質をともかく具備するに至った」ことで株式会社の起源
・同じ欧州のイギリスは、歴代最強の帝国主義「大英帝国」
※大英帝国(イギリス帝国)は歴史上最大の帝国だった。
17世紀から20世紀初頭まで存続した世界史上最大の帝国。
世界の陸地面積の約4分の1、約3,370万〜3,550を支配。
最盛期は19世紀のヴィクトリア朝(1837~1901年)を中心
(世界史で聞いたことある)
1870年代〜1880年代の「パクス・ブリタニカ」時代!
最後の植民地はイギリス領香港であり「1997年の香港返還」
がイギリス帝国の終焉だとみなされている。
※ちなみに。帝国国土のランキング’
第1位:大英帝国 (約3,370万〜3,550万)
インド、カナダ、オーストラリア、アフリカ諸国など「太陽の沈まぬ帝国」と称された。
大英帝国の国土面積は、当時の地球上の全陸地の1/4がイギリス。
約25%、人口の約20〜25%を占めていたとされています。
第2位:モンゴル帝国 (約2,400万〜3,300万)
史上最大の連続した陸地面積を持つ帝国。
第3位:ロシア帝国 (約2,280万〜2,370万)
ユーラシア大陸にまたがる広大な領土。
・世界の基軸通貨の歴史
「基軸通貨=国際決済」
日本で使えるpaypayの全世界版「全世界196カ国」全て対象となる。
ウルトラパワーなわけだ。
「基軸通貨」は約100年ごとに主役が交代する。
・なぜいま世界の警察「米国」と「中国」が世界2強(GDPの1、2)が争う?
※「GDP」とは簡単に
┗略「Gross Domestic Product」国内総生産
┗1年間など一定期間内に「国内で産出された付加価値」の総額で、
国の経済活動状況を示します。
┗よくきく「名目」「実質」つまり?
> これは「物価」を考慮するかどうか。です。
名目GDP|
名目GDPは、対象の期間の付加価値を単純に合計して求めます。たとえ、インフレが起こって貨幣価値が下がっていたとしても、考慮には入れません。
実質GDP|
実質GDPは、貨幣価値の変動を考慮に入れて計算します。そのため、より正確な経済成長状況を把握するためには、実質GDPを用います。
┗「4つの要素」で構成されている。
①(個人)消費
②(民間)投資
③政府支出
④純輸出
┗式|
「GDP」=「①消費」+「②投資」+「③政府支出」+「④純輸出」
※GDPは現在日本は。ドイツに抜かれ4位に転落しています。
日本の2025年の名目GDP(速報値)は約662兆7,885億円で、5年連続で増加。
ドル換算では世界第4位(ドイツに次ぐ)、1人あたり名目GDPは円安の影響でOECD加盟国中22位(約3.3万ドル)まで低下しており、韓国に逆転されている。
・これが、中国の習近平国家主席の言う
2017年から推進する「一帯一路構想」
と
現在のアメリカトランプ大統領のばちばちにつながる一要因と言ってもいい。
※米国「ペトロダラー」
現在のイラン-米イスラエル情勢の一因。
※中国「一帯一路」の狙い
「一帯(シルクロード経済ベルト)」は
「シルクロード」を指す。
中国から中央アジア、ロシアを経由してヨーロッパに至る陸上ルート。
鉄道、パイプライン、高速道路の整備を指す。
「一路(21世紀海上シルクロード)」は
「海上シルクロードを指す」
中国沿岸部から東南アジア、インド洋、アフリカ、欧州の港をつなぐ海上ルート。
主な目的と効果
インフラ整備: 途上国の港湾、鉄道、高速道路、デジタル通信インフラの構築。
経済・貿易拡大: 物流網を整備し、中国および参加国間の貿易を活発にする。
資源確保: 経済成長に必要なエネルギー(石油、レアアース)の安定した輸入ルート確保
つまり。
一帯一路構想は、中国が人民元の国際化を推進。
最終的に人民元を米ドルに代わる(あるいは並ぶ)基軸通貨(国際主要決済通貨)にすることを目指す巨大経済圏戦略です。
具体的には、沿線国での貿易決済やプロジェクト融資にデジタル人民元などの人民元建て決済を活用し、米ドルの支配的役割からの脱却と、
中国主導の「人民元経済圏」の構築を狙っています。
⚫︎日本における。「株式」って?
・よく聞きますよね。「日経平均株価」これが、一番有名な日本の成長のモノサシです。
そのこの歴史が、日本の歴史そのものです。
※「日経平均」のルーツは戦後5年後の1950年からです。
日経平均株価の算出・公表は、1950年(昭和25年)9月7日に始まり。
当初は「東証修正平均株価」という名称で、東京証券取引所が算出。
現在の「日経平均株価」という名称になったのは、
日本経済新聞社が運営を引き継いだ1970年以降の名称変更を経て、1985年から。
・(またまたよく聞きますね)「失われた30年」ってなによ。
つまるところ結論、日本は、他の国の成長と相対して「沈没していた」からです。
「バブルの頃はね」
みなさんお馴染みこの
「小渕恵三 さんの”平成”」
この平成は「1989年」にあたります。
1989年(昭和64年)1月7日午前6時33分、昭和天皇が崩御され、
昭和64年わずか7日で、
時代は「平成」へ突入します。
そう。
この1989年 平成元年が。
日本の成長のピークです。
そこから、なんと
「34年」もの時間。
日本は、この壁を越えれていません。
1989年 DAIGOさんの祖父「竹下登内閣」で「 消費税の導入」
1990年 金融引き締め バブルの崩壊。そして長いトンネル「デフレスパイラル」へ
物価高騰を抑えるため日銀が大幅な利上げを実施。バブル崩壊の引き金。
資産価格の暴落で負債が実質増加し、企業は投資を縮小、銀行は貸し渋りを行った。
1997年 バブル崩壊象徴 4大証券の1つ「山一證券 倒産」(”人の山一”)
負債は、「約3兆5,000億円」に上りました。
1997年11月に自主廃業した山一證券の負債総額は、
バブル崩壊後の顧客損失を補填する「飛ばし」と呼ばれる手法で、
2,600億円以上の簿外債務(隠れ債務)などが要因とされる。
2000年 ITバブル
日本においては、「IT革命」が流行語大賞に。
ソフトバンクやヤフーなどが注目されたものの、
ITバブル崩壊後は日経平均がリーマンショックの時期まで長期間低迷する一因となった
2006年 1/17 ライブドアショック
新興市場(マザーズ)を中心に暴落し、個人投資家のパニック売りが殺到。東証1部でも大幅下落し、18日にはシステム限界で全銘柄の取引停止措置がとられました
その後: 2006年4月にライブドア社は上場廃止に。
2008年 サブプライムローン問題を引き金に「リーマンショック」が勃発
2008年9月に
経営破綻したリーマン・ブラザーズの負債総額約6,130億ドル(当時のレートで約64兆円〜72兆円)に達しました。
これはアメリカの倒産史上最大規模であり、
サブプライムローン問題に端を発した金融危機の引き金(リーマン・ショック)となりました。
破綻時の負債: 約6,130億ドル。
規模: アメリカ史上最大の企業倒産。
原因: サブプライムローン関連の不動産証券化商品の焦げ付き。
返済: 破綻後、資産売却により約1,246億ドルの返済が債権者に対して行われました。
この経営破綻により、世界的な金融収縮(クレジットクランチ)が引き起こされ、100年に一度の金融危機とも呼ばれました。
2011年 3/11 東日本大震災
2012,13年 アベノミクス
2012年末の第2次安倍政権発足以降に掲げられた「3本の矢」を柱とする経済政策です。デフレ脱却と経済再生を目的とし、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略の3つを同時に進めることで、日本経済の立て直しを目指しました。
第1の矢:大胆な金融政策
目的:デフレからの脱却、2%のインフレ目標達成。
内容:日本銀行による「異次元の金融緩和」(量的・質的金融緩和)を実施し、円高株安を是正。
第2の矢:機動的な財政政策
目的:景気浮揚と経済の安定。
内容:東日本大震災の復興や国土強靭化に向けた大規模な補正予算の編成、地域活性化への財政投入。
第3の矢:民間投資を喚起する成長戦略
目的:構造改革による長期的な経済成長。
内容:規制緩和、法人税減税、女性・高齢者の就業促進、企業改革(コーポレートガバナンス強化)など
2019年末 20年 「コロナショック」
2024年|
そして。ここでようやく。
岸田政権下で
令和2024年2月(株式の世界では2月の’節分天井”と言われ歴代高くつく傾向)
日経平均3万9,098円 (2024年2月22日)
===つづく


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